舞い降りた天使は闇夜を照らす 5

僕は三千里薬局でエイトフォーとあぶら取り紙を購入した。



僕が商品を選んでレジを済ませている間に健也と誠は隣の天津甘栗売り場で甘栗を二袋購入していた。



なんでこれから合コンなのに甘栗?と二人に聞いてみると



「いや、面白れぇじゃん。 天津甘栗」



いやいやいや!
それは甘栗を売っている人に失礼だと僕が言っても二人は聞く耳を持たなかった。



「だって俺らが物心ついたときからここで甘栗売ってるんだぜ? 俺はここの店の歴史を知らないけどもしかしたら俺らが生まれる前から甘栗売ってるのかも知れねーんだ。



それってものすげー事なんだぜ?
渋谷でこの天津甘栗屋を知らない奴はもぐりだ!
俺はいつも「まだ甘栗売ってるよ~」って思うだけだったけど今日初めて甘栗を購入した。
これからここを通る時は店の人に「こんちわ~」って話しかけるぜ。
渋谷は俺の庭です!みたいでかっけーじゃん!!


それにこんな不景気のどん底で甘栗売ってるだけで店を成り立ててるなんてすげー経営手腕なんだって、きっと」と健也は興奮気味に喋り目を輝かせて手にした甘栗の袋を自分の頬にあてて



「こうやって頬にあてて暖を取ることも可能です」とわけのわからない事を言い出した。
誠もそうなのです、と言わんばかり健也が喋っているときに何度も相槌をうっていた。



しかし誠は「暖を取れるのです発言」はさらりと受け流して健也を置いて、さて行くべ!とばかりに大股でスクランブル交差点の方に歩き出した。
運が良いのか悪いのか信号は赤だった。
健也はまだ甘栗の袋を頬にあてている。
僕は信号が青に変わってしまう前にエイトフォーで脇の下にスプレーしてあぶら取り紙で顔を拭いた。



僕がポケットにエイトフォーとあぶら取り紙を入れようとしたその時、信号が青に変わった。



さて、これから勝負が始まる。
僕にとって今日という日が特別な日になるかもしれないと思うと武者震いが止まらず全身の肌が泡立った。
怖いんじゃない。
誰もが通る道なんだ。
健也はいつかそう言っていた。



僕は横断歩道の白線だけを踏んで今日は白星を飾るぞ!という願懸けを密かにした。



交差点をゆっくりと歩きハチ公前に着く前に健也は携帯をポケットから出し何やら電話を始めた。
女の子と連絡を取るのだろう。



ハチ公前は人が大勢いるから人波から外れたところに行くように指示を出しているのだと僕は推測した。


健也は電話をしているときも甘栗の袋を頬にあてていた。



見かねた誠が「ほらこっち寄越せ!」と甘栗の袋を一つだけ引っ手繰った。



健也の顔が電話したことで段々と引き締まってきた。



良かった、元の世界に戻って来て下さったのですね。
僕は健也が電話をしている時間を妙に長く感じた。



その間にもう一回エイトフォーするか?と考えてるいるとバットタイミングで健也は携帯を持つ手を振って「おーいこっちだ! 青山!」と大声で叫んだ。



反対の手には甘栗の袋があるが有難いことにもう頬にあてて暖を…などと意味不明の事はしていない。



健也の視線の先を僕も見た。
髪の毛を縦ロールにしたお姉系の二人組が申し訳なさそうに立っていた。
一人はミニスカートに網タイツを履いていて黒縁のメガネをかけている。
もう一人もミニスカートに網タイツだが太っているので足がボンレスハムみたいで顔もアンパンマンに出てくるバタコさんを太らせたような顔をしている。


健也は黒縁メガネの女の子を「こいつが我が学園の恋のキューピット、青山恵美ちゃんです」とおどけた口調で紹介してくれた。



僕たちも一応自分の名前と学部だけを簡単に紹介した、何故簡単に自己紹介を済ませたかと言うと誠の父の店での乾杯までは詳しい自己紹介は取っておこうと言う事になったからだ。



健也はそう言えばと前置きして「遅れてくる子はどうした」と聞いた。
女の子二人組は申し訳なさそうな顔をさらに申し訳なさそうにして喋り始めた。



「あの、ちょっと風邪をひいちゃったみたいで今日は来れなくなっちゃったんです。 でもさっき渋谷に住んでる友達を誘ったら少し遅くなるけど来られるって言ってて… 大学が違うんですけどいいですか?」と恐縮しきった顔で顔の前で拝む形で健也に事情を話した。



健也は「そうなのか… でも全然OKだぜ、大学間の交流も大事だ。



それになにせこっちには大蔵省がいるからな」と誠の肩をポンと叩いた。



誠もまんざらではない様子で「お金の心配は女の子はしなくていいんだよ」と言った。



女の子二人は少し安堵した様子で「その子、F女子に通ってるんです。女子アナとか毎年輩出してる あ、でもそれは本人が来てから自己紹介してもらいます。 先輩達には最初に言って置きますけど、物凄い可愛いですよ」と黒縁の女の子は自慢げに言った。




「そうか! そりゃ願ったり叶ったりだぜ! 今日はトコトン交流して飲もう飲もう 先に誠の親父の店に行こう」と健也が言ったので僕たちは店に移動することにした。



しかし僕は知っている、以前に健也が言っていた。



「女が女を可愛いって言うのは120%、外れ。 不細工だ。 性格が可愛いとか仕草が可愛いとか真ん丸な身体つきが可愛いとかもう滅茶苦茶だ。 いいか、幸一。 女の可愛いには騙されるなよ」



うーん。
ズバリストライクしてますね。
どんな女の子が来るんだろ?
F女子なら…
きっと…
お願い…
可愛い女の子を…
神様お願い!



僕たち五人は道幅いっぱい、横に一列になって大学のあの教授の目付きはセクハラだとか英会話の女性ネイティブアメリカンの講師の首にキスマークがあるなどくだらない話をしながら誠の父親の店へ移動を開始した。


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